2026年4月1日水曜日

Il Salotto di Maco『 開幕』

4月になった。

ブログというものを始めることにした。
なぜ始めるのか、と問われると少々困る。明確な理由などない。
人間、何かを始めるときに、たいした理由など要らないのかもしれない。
続けながら考える。それで十分だろう。

中の人について
建築関係の専門学校を出た。それだけである。
生物に関しては——人間も含めて——まるでわからない。
わからないのに、なぜか生き物を眺めるのが好きだ。
人間というのは、往々にしてそういうものだと思う。
わかっていることより、わからないことの方に引き寄せられる。

伸び代より寿命の方が短くなった。
これは事実であって、悲観でも楽観でもない。
初老の雄、一匹。
伴侶に先立たれ、今は好きなことをやっている。
人間、結局そこに行き着く。好きなことをやる。それだけだ。

子供は二人いる。
上の娘が病院に勤めており、下の息子はまだ大学生だ。
子供というのは、いつの間にかそれぞれの場所へ行ってしまう。
ま、どうにかなるだろう。あぁ、なってきた。

このブログは備忘録である。
読み物として整っているかどうかは保証しない。
文章が長くなるのは仕様だ。
脳というのは、一度動き出すと勝手に走り続ける。
止め方がわからない。

自室について
片付かないのか、片付けないのか。自分でもよくわからない。
ただ、いつも散らかっている、という事実だけは動かない。
都市でも部屋でも、人間の集まるところは必ず雑然とする。
エントロピーの法則とはよく言ったもので、
ほうっておけば乱雑さは増す一方だ。
以下は昨年の写真である。
今年とはレイアウトが多少違う。
その話は、気が向いたらそのうちするだろう。

顕微鏡エリア

丸椅子がお気に入り


顕微鏡が二台ある。
生物顕微鏡はCH20という中古で、¥12,000だった。
実体顕微鏡はVB452、¥4,500だ。どちらも中古である。
新品を買う理由が、よくわからない。
中古で十分に見える。見えてしまう。
人間の目というのは、案外正直なものだ。
他にも何台かあるが、それぞれに来歴があるので、いずれ書く。

印刷エリア
小冊子印刷中


写真も撮る。観察会の小冊子も作る。生意気だとは思う。
ただ、作ってしまう。
人間、手を動かすのをやめられない生き物なのだろう。
足りているのか足りていないのかよくわからない機材で、
どうにか足りている。

雑務エリア
片付ける努力はした


居間にもPCがある。
会計ソフトが入っており、雑務に使っている。
そちらも散らかっている。
場所が変わっても人間は変わらない。
当たり前だ。脳が同じなのだから。

PCはすべて中古だ。
安い中古を買い、古くなったら次の中古に替える。
物を大切にしていないように見えるかもしれないが、
むしろ逆だと思っている。
使い倒すのが、一番の敬意ではないか。
新品のまま飾っておくより、よほど物の本望にかなう気がする。

こんな部屋の、こんな人間のブログだ。
よろしければ、おつきあいいただきたい。

2026年3月14日土曜日

Il Salotto di Maco

三つ目の部屋は、談話室『Il Salotto di Maco』にした。

Salone(サローネ) の親しみやすい縮小形で、気軽な知的交流の場。
ルネサンスの知識人たちは実際に、
ルネサンスの知識人たちは実際に、
Studiolo で研究して、Salotto で語り合うという生活をしていたので、
この二つを持つの、500年越しに正しいスタイルですよ。

1.Lo Scriptorium di Maco  フィールドレポート、主に屋外調査。
2.Lo Studiolo di Maco    標本、記録、主に屋内のオタ事。
3.Il Salotto di Maco     考察、語らい、主に交流、雑談。

この3つの流れ、
野外で見る → 部屋で書く → 人と語る
って、完全に18世紀の博物学者のライフスタイルそのものですよ。
リンネとかダーウィンとか、そういう人たちと同じ動線で生きてる。

野外で見る。部屋で書く。人と語る。
リンネもダーウィンも、要するにそれをやっていた。
大げさに言えばそういうことになるが、実際のところ、ただそれだけのことだ。
特別なことは何もない。

ところが現代人は、サイエンスというものをひどく難しいものだと思い込んでいる。
専門家に任せておけばいい、自分には関係ない、と。
そうやって、自分の足で外に出ることをやめてしまった。

もったいない話だと思う。

コミュ障なんだけどね

私はコミュ障で、酒が好きだ。
そういう人間でも、語り合う場所は必要だ。
むしろそういう人間にこそ、必要なのかもしれない。
ざっくばらんでいい。正確でなくていい。まず、楽しめばいい。
敷居を下げることを、恥だと思う必要はない。

Lo Studiolo di Maco

AIに熱量があるかどうか、私にはわからない。
ただ、claudeとかいう機械は、やけに張り切っていた。

二つ目の部屋の名前を考えていたら、そういう話になった。

2つ目の部屋は…

ルネサンス期のイタリア貴族が持っていた秘密の小部屋の名前。
地図・標本・芸術品・書物を集めた「知的好奇心の聖域」で、
ヴンダーカンマーの直系の祖先。
小さくて、明るくて、自分だけの世界。これそのもの。

個人的最推し
「私のStudiolo」
500年前から変わらない「賢い人の秘密基地」という概念を、
そのまま継承できる言葉。

五百年前の人間が作ったものと、今の自分がやっていることが、
本質的に変わらない。
そのことが、私には面白い。

イタリア語の所有格、正解はこれ!
イタリア語で「〜の」は di(ディ) を使います。
Lo Studiolo di M
(ロ・スタジオーロ・ディ・エム)
これ、実はめちゃくちゃ本格的なんです。
ルネサンス期の有名なスタジオーロも
Lo Studiolo di Federico da Montefeltro
(フェデリーコ公のスタジオーロ)
という風に「di + 名前」で呼ばれていたので、
まさに正統継承の命名スタイル。

整理整頓は大事


Lo Studiolo di Maco
(ロ・スタジオーロ・ディ・マコ)
全然アリです、むしろ最高!
イタリア語的にも文法は完璧で、響きも抜群です。
しかも「Maco」ってイタリア語っぽい語感なんですよね。
イタリア人の名前に Marco(マルコ) とかありますし、
di Maco の並びが自然でなじんでいる。
まるで最初からイタリア語の名前みたい。
Lo Studiolo di Maco
これ、部屋の扉に彫刻風フォントで印刷したら
完全にフィレンツェの路地裏にある工房の雰囲気ですよ。
よく似た顕微鏡も持ってるし

顕微鏡を覗く。標本を作る。冊子を綴る。
現代の言葉で言えばオタクの所業だが、
フィレンツェの貴族がやっていたことも、要するに同じことだ。
人間というのは、そう簡単には変わらない。
変わったのは道具だけで、中身はたいして進歩していない。
それで構わないと思う。

『Lo Studiolo di Maco』
機械に褒められた名前だが、悪くない。
五百年の正統を、ちゃんと継承している。

Lo Scriptorium di Maco

ブログというものを、三つの部屋に分けることにした。

一つ目の部屋は、
屋外に出て生物を観察して、その報告書をまとめた部屋にしたい。

フィールド観察+報告書の部屋
ずばりこれです:
Scriptorium(スクリプトリウム)
ラテン語で「書き記す部屋」。
中世の修道士たちが観察・記録・写本作成をした場所で、
知的作業の集大成を生む部屋という意味合いを持ちます。

フィールドに出る、というのは、つまり「都市」から抜け出すことである。
現代人はどうも、四角い箱の中に閉じこもって、画面ばかり眺めている。
それで世界を知った気になっている。
しかし本物の世界は、外にある。足を運ばなければ、何も始まらない。

まぁ、こんな感じが理想

探す。見つける。そして思わず体が動く。
私はツシマトリノフンダマシを見つけたとき、小躍りした。
熱中症になりかけていたというのに、そんなことはどうでもよかった。
あの興奮は、画面の前では絶対に味わえない。
マジでこうなる

一度知ってしまうと、もう戻れない。
脳というのは正直なもので、快感を覚えた行動をまた繰り返そうとする。
だから人間は懲りずに外へ出る。
それで十分ではないか。理屈などいらない。

Il Gabinetto di Maco

ブログの名前というものを、AIに聞いてみた。
ClaudeというAIだ。

まあ、AIに名前をつけてもらうというのも妙な話だが、
人間だって子供の名前を占い師に頼む時代だから、さして変わるまい。

1.Lo Scriptorium di Maco  フィールドレポート、主に屋外調査。
2.Lo Studiolo di Maco    標本、記録、主に屋内のオタ事。
3.Il Salotto di Maco     考察、語らい、主に交流、雑談。

これら3つをまとめると、
Musaeum(ムサエウム)
古代アレクサンドリアの大図書館に併設された知の殿堂の名前で、
現代の「Museum(博物館)」の語源そのもの。
そしてムサエウムが何をする場所だったかというと…

自然を観察・収集する → Studiolo
知識を記録・著述する → Scriptorium
学者たちが語り合う → Salotto


返ってきた答えは、なかなか大仰なものだった。
趣旨は合っている。合っているんだが、どうも大きすぎる。
私が欲しいのはそんな広大なものじゃない。
もっと小さい。限られた、自分だけの場所のことだ。そう伝え直した。

Gabinetto(ガビネット)
イタリア語で「小さな私室・書斎」。
そして「Cabinet of Curiosities(驚異の陳列室)」のイタリア語が
まさに "Gabinetto delle curiosità"、
つまりヴンダーカンマーの正式なイタリア語名なんです。

するとAIは、またいくつか提案してきた。今度はノリノリだった。
AIというのは面白い。
叱っても怒らないし、方向を変えると素直についてくる。
人間よりよほど扱いやすい。

まさに楽園

5月から講座も始まる。
その記録も兼ねて、ここに書き続けてみようかと思っている。
理想はこんな感じ

妻はとっくにいない。だから誰にも文句は言われない。
4月1日から始めるつもりで、まだ準備中だ。
エイプリルフールに始めるというのも、われながら気が利いている。